2009年8月 9日 (日)

原水爆禁止2009年世界大会・長崎決議

長崎からのよびかけ

「長崎を最後の被爆地に」「核兵器をなくせ」-被爆者は、苦しみの中で、世界へ訴えつづけました。その声は世界の圧倒的な世論となり、国際政治を動かしています。

アメリカのオバマ大統領が「拡兵器のない世界の平和と安全を追求する」と宣言し、新たな展望が開かれました。

いまこそ行動のときです。被爆者とともに、核兵器廃絶を求める声を世界に広げてきた日本の原水爆禁止運動が、その力を発揮するときです。

日本政府は、被爆国でありながら、アメリカの「核の傘」にあくまでも固執し、核兵器廃絶の実現にも消極的態度をとりつづけています。「核密約」で核兵器持ち込みを容認し、「非核三原則」を裏切ってきたことも隠し通すつもりです。

核兵器にない世界にむけ、被爆国としての責任を果たす日本、非核平和の日本を、なんとしてもつくりだしましょう。

被爆国の私たち一人ひとりが、核兵器の廃絶を求める圧倒的な世論と運動を巻き起こすことを決意し、以下の行動にとりくむようよびかけます。

○核不拡散条約(NPT)再検討会議で、核保有国をはじめ、すべての政府が核兵器全面禁止・廃絶条約の締結への一歩を踏み出すよう強く求めましょう。

世界の先頭に立ち、「核兵器のない世界を」国際署名を地域、職場、学園でいっそう大きく広げましょう。広範な人びと共同し、1200万筆の目標を達成しましょう。

来年5月のニューヨーク大行動に全国各地から代表を送り、NPT再検討会議に日本と世界の人びとの願いをこめた署名を積み上げましょう。

○核兵器廃絶と「非核三原則」の厳守を政府に迫る「非核日本宣言」の運動を、全国各地でさらに広げましょう。「核密約」の公表・破棄、「核の傘」からの離脱をかちとりましょう。

米軍基地再編強化や自衛隊海外派兵に反対し、憲法9条を守り生かす運動をいっそう広げましょう。米軍への「思いやり予算」や軍事費の削減、いのち・くらし・雇用を守る運動を強めましょう。

○被爆者がいのちがけでたたかってきた原爆症認定集団訴訟は、ついに政府を追いつめて、解決への道筋を示す確認書の合意に至りました。訴訟の全面解決と被爆実態に見合った認定行政への転換を確実に実行させましょう。

被爆者の願いを継承・発信し、被爆の実相をつぎの世代と世界に伝える証言活動や原爆展に、全国各地でとりくみましょう。

青年たちの創意とエネルギーにあふれる行動は、未来への希望です。核兵器のない世界の扉を開くため、被爆者とともに、若い世代とともに、いまこそを声を合わせましょう。

ノーモア・ヒロシマ! ノーモア・ナガサキ! ノーモア・ヒバクシャ!

2009年8月9日

原水爆禁止2009年世界大会・長崎

特別決議

核兵器のない世界のためにー長崎から各国政府への手紙ー

広島と長崎への原爆投下から64年をへて、私たちはいま、核兵器のない世界への一歩を踏み出すのか、核破局の脅威にさらされつづけるのかの岐路にあります。核兵器廃絶を願って、被爆者とともに長崎に集まった私たちは、あなた方が人類の未来をまもる英断をし、行動するよう心から訴えます。

アメリカ合衆国大統領が「核兵器のない世界」を国家の目標とすることを表明し、核兵器廃絶への新たな展望がうまれています。世界の諸国民は、その進展に関心と期待のまなざしをむけています。この新しい機会を、かならず核兵器の完全廃絶に結実させなければなりません。

さまざまな核軍縮交渉が行われてきたにもかかわらず、今日依然として、多数の核兵器が存在しています。このことは、これまでにない決意と行動が国際政治に必要であることを示しています。「核兵器による安全」という誤った考えを捨てさり、核兵器廃絶そのものを共通の目標として行動しなければなりません。

私たちは、すべての核兵器国が核兵器廃絶の「明確な約束」を実行し、2010年5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議が、核兵器全面禁止・廃絶条約のすみやかな締結にむけて、具体的な一歩を踏み出すことを要請します。そのためにも、9月からの国連総会で、アメリカ合衆国をはじめ安全保障理事会常任理事国である核保有5ヶ国が、主導的なイニシアチブを発揮するよう強く求めるものです。

諸国の平等、紛争の平和的解決など国連憲章の諸原則にもとづく、平和で公正な世界をきずきあげていくためにも、核兵器廃絶は不可欠です。それゆえ国連総会は、その第一号決議で、「原子力兵器の禁止」を求めたのでした。いまこそ、その実現にむけて国際社会が一致して行動すべき時です。すべての諸国政府、国連が、この目標達成にむけ、私たちとともに力を尽くすよう、心より期待するものです。

2009年8月9日

原水爆禁止2009年世界大会・長崎

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長崎市の平和式典

田上富久市長の長崎平和宣言

今、私たち人間の前にはふたつの道があります。

ひとつは、「核兵器のない世界」への道であり、もうひとつは、64年前の広島と長崎の破壊をくりかえす滅亡の道です。

今年4月、チェコのプラハで、アメリカのバラク・オバマ大統領が「核兵器のない世界」を目指すと明言しました。ロシアと戦略兵器削減条約(START)の交渉を開始し、空も、海も、地下も、宇宙空間でも、核実験をすべて禁止する「包括的核実験禁止条約」(CTBT)の批准を進め、核兵器に必要な高濃度ウランやプルトニウムの生産を禁止する条約の締結に務めるなど、具体的な道筋を示したのです。「核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的な責任がある」という強い決意に、被爆地でも感動が広がりました。

核超大国アメリカが、核兵器廃絶に向けてようやく一歩踏み出した歴史的な瞬間でした。

しかし、翌5月には、国連安全保障理事会の決議に違反して、北朝鮮が2回目の核実験を強行しました。世界が核抑止力に頼り、核兵器が存在するかぎり、こうした危険な国家やテロリストが現れる可能性はなくなりません。北朝鮮の核兵器を国際社会は断固として廃棄させるとともに、核保有5ヶ国は、自らの核兵器の削減も進めるべきです。アメリカとロシアはもちろん、イギリス、フランス、中国も、核不拡散条約(NPT)の核軍縮の責務を誠実に果たすべきです。

さらに徹底して廃絶を進めるために、昨年、潘基文国連事務総長が積極的な協議を訴えた「核兵器禁止条約」(NWC)への取り組みを求めます。インドやパキスタン、北朝鮮はもちろん、核兵器を保有するといわれるイスラエルや、核開発疑惑のイランにも参加を求め、核兵器を完全に廃棄させるのです。

日本政府はプラハ演説を支持し、被爆国として、国際社会を導く役割を果たさなければなりません。また、憲法の不戦と平和の理念を国際社会に広げ、非核三原則をゆるぎない立場とするため法制化と、北朝鮮を組み込んだ「北東アジア非核兵器地帯」の実現の方策に着手すべきです。

オバマ大統領、メドベージェフ・ロシア大統領、ブラウン・イギリス首相、サルコジ・フランス大統領、胡錦濤・中国国家主席、さらに、シン・インド首相、ザルダリ・パキスタン大統領、金正日・北朝鮮総書記、ネタニエフ・イスラエル首相、アフマディネジャド・イラン大統領、そしてすべての世界の指導者に呼びかけます。

被爆地・長崎へ来てください。

原爆資料館を訪れ、今も多くの遺骨が埋もれている被爆の跡地に立ってみてください。1945年8月9日11時2分の長崎。強力な放射線と、数千度もの熱線と、猛烈な爆風で破壊され、凄(すさ)まじい炎に焼き尽くされた廃墟の静寂。7万4千もの負傷者の呻(うめ)き。犠牲者の無念の思いに、だれもが心ふるえるでしょう。

かろうじて生き残った被爆者にも、みなさんは出会うはずです。高齢となった今も、放射線の後障害に苦しみながら、自らの経験を語り伝えようとする彼らの声を聞くでしょう。被爆の経験は共有出来なくても、核兵器廃絶を目指す意識は共有できると信じて活動する若い世代の熱意にも心うごかされることでしょう。

今、長崎では「平和市長会議」を開催しています。来年2月には国内外のNGOが集まり、「核兵器廃絶ー地球市民会議ナガサキ」を開催します。来年の核不拡散条約再検討会議に向けて、市民とNGOと都市が結束を強めていこうとしています。

長崎市民は、オバマ大統領に、被爆地・長崎の訪問を求める署名活動に取り組んでいます。歴史をつくる主役は、私たちひとりひとりです。指導や政府だけに任せておいてはいけません。

世界のみなさん、今こそ、それぞれの場所で、それぞれの暮らしの中で、プラハ演説への支持を表明する取り組みを始め、「核兵器のない世界」への道を共に歩んでいこうではありませんか。

原子爆弾が投下され64年の歳月が流れました。被爆者は高齢化しています。被爆者救済の立場から、実態に即した援護を急ぐように、あらためて日本政府に要望します。

原子爆弾で亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りし、核兵器廃絶のための努力を誓い、ここに宣言します。

デスコト国連総会議長のあいさつ

親愛なる兄弟のみなさん、私は、広島および長崎への原爆投下という人類が他の人間に対してこれまでに犯した二つの最大の残虐行為により命を落とされた方々、および、かろうじて生き残った方々との連帯を表明するために来日いたしました。

私はまた、ローマ・カトリック教会の神父および、ナザレのイエスの信奉者という個人的な立場から、64年前にこの場所で起きた犯罪に私の教会の者が、直接関与したことについて、日本のすべての兄弟から許しを請うために来日しのです。私の教会の名において、私はみなさまに許しを請います。

核兵器が二度と使用されないことを保証する唯一の確実な方法は、核兵器を完全に廃絶することです。しかし、この目的を達成するためには、我々はいくつかの困難な課題に取り組まねばなりません。

我々がまず、最優先で取り組まなければならないのは、これまで通りという惰性を廃して、本当の呼び名で物事を説明することです。

今日のジョージ・オーウェル的な世界においては、核攻撃による瞬間的な壊滅の脅威は「抑止」と呼ばれ、お互いに対する恐怖は「安定」と呼ばれています。「軍縮」は通常であれば削減を意味しますが、核戦力の廃絶というより近代化を意味するものでもあります。我々は、この不誠実で偽善的な詭弁(きべん)をやめなければなりません。

次に取り組むべき優先課題は、すべての核兵器の完全で最終的な廃絶に向けて宣言し、断固たる行動を取ることです。これを信頼できるものとするためには、廃絶を確実に実現野心的かつ現実的な期日を設定する必要があります。

私は広島市長、長崎市長、そして世界中の多くの協力者とともに、1945年の原爆投下から75年をむかえる2020年までに、核兵器のない世界を実現するという呼びかけを支持します。日本と広島市長、長崎市長は、核保有国にこれを求める道義的な権威を持っています。

最後に、必要となる世界的な取り組みを継続するためには、以下のことが不可欠であると申し上げたいと思います。それは、すべての国に等しく適用される新しいルールを含め、公正さを高めること、そしてすべてのの国の人びとの正当な安全保障上の利益を高めるべく、透明かつ公平に機能するようにさまざまな仕組みを改革することです。

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2009年8月 6日 (木)

原水爆禁止2009年世界大会・広島

広島からのよびかけ

にんげんをかえせ

にんげんの

にんげんのよのあるかぎり

くずれぬへいわを

へいわをかえせ(峠三吉)

「人類と核兵器は共存できない」との被爆者の声は、被爆64年のいま、世界を大きく動かしています。

今年4月、オバマ大統領が核兵器を使った唯一の国としての「道義的責任」を認め、「核兵器のない世界」のために行動すると宣言したことは、被爆者とともに核兵器廃絶を求めつづけてきた私たちに、新たな希望をもたらしました。

私たちは、核兵器のない平和な世界の実現にむけ、いまこそ運動を大きく飛躍させるよう被爆地・広島からよびかけます。

国際署名「核兵器のない世界を」が提唱されて1年。署名への支持と共感は、全国各地で急速に広がっています。広範な人びとと共同し、「核兵器をなくそう」の世論をさらに大きくよびおこすため、全国の地域、職場、学園で署名活動を力強く発展させましょう。

来年5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議に、日本と世界の人びとの思いが託された署名を積み上げて、アメリカをはじめ核保有国政府。そしてすべての政府に、核兵器全面禁止、廃絶条約の締結にむけ、具体的な一歩を踏み出すよう強く求めていきましょう。

被爆国でありながら、日本政府はアメリカの「核の傘」にあくまでもしがみつき、核兵器のない世界への流れに逆行しています。このような動きを許すことはできません。

草の根から声を結集し、核兵器廃絶と「非核三原則」の厳守を政府にせまる「非核日本宣言」の運動を、全国各地でさらに広げましょう。核密約の破棄、「核の傘」からの離脱によって、非核平和の日本への新しい流れをつくりましょう。憲法9条を守りいかす運動、米軍基地再編強化反対、「思いやり予算」や軍事費削減などの運動、そして、雇用・くらしを守るたたかいをいっそう強めましょう。

被爆者がいのちがけでたたかっている原爆症認定集団訴訟は、ついに19連勝となりました。政府は解決を迫られています。被爆者に残されている時間はわずかです。訴訟の早期全面解決と認定制度の抜本的最改定を強く要求しましょう。

「ふたたび被爆者をつくるな」「核兵器をなくせ」の被爆者の決意と願いを継承・発信しましょう。つぎの世代へ、被爆の実相を伝える証言活動や原爆展に全国各地でとりくみましょう。

いまこそ地球規模の連帯と行動で、核兵器のない世界への扉を開こうではありませんか。被爆者とともに、そして、未来をにな若い世代ととに

ノーモア・ヒロシマ!

ノーモア・ナガサキ!

ノーモア・ヒバクシャ!

2009年8月6日

原水爆禁止世界大会ー広島

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広島・平和式典2009

秋葉忠利広島市長の平和宣言

人類絶滅兵器・原子爆弾が広島市民の上に投下されてから64年、どんな言葉を使っても言い尽くせない被爆者の苦しみは今でも続いています。64年前の放射線がいまだに身体をむしばみ、64年前の記憶が昨日のことのようによみがえり続けるからです。

幸いなことに、被爆体験の重みは法的にも支えられています。原爆の人体への影響がいまだに解明されていない事実を謙虚に受け止めた勇気ある司法判断がその好例です。日本国政府は「黒い雨降雨地域」や海外の被爆者も含め高齢化した被爆者の実態に即した援護策を充実するとともに、今こそ省庁の壁を取り払い、「こんな思いをほかの誰にもさせてはならぬ」とう被爆者たちの彼岸を実現するため、2020年までの核兵器廃絶運動の旗手として世界をリードすべきです。

今年の4月には米国のオバマ大統領がプラハで、「核兵器を使った唯一の国として」、「核兵器のない世界」実現のために努力する「道義的責任」があることを明言しました。核兵器の廃絶は、被爆者のみならず世界の大多数の市民並びに国ぐにの声であり、その声にオバマ大統領が耳を傾けたことは、「廃絶されることにしか意味のない核兵器」の位置付けを確固たるものしました。

それに応えて私たちには、オバマ大統領を支持し、核兵器廃絶のために活動する責任があります。この点を強調するため、世界の多数派である私たち自身を「オバママジョリティー」と呼び、力を合わせて2020年までに核兵器の廃絶を実現しようと世界に呼びかけます。その思いは、世界的評価がますます高まる日本国憲法に凝縮されています。

全世界からの加盟都市が3000を超えた平和市長会議では、「2020ビジョン」を具体化した「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を、来年のNTP再検討会議で採択してもらうため全力疾走しています。採択後の筋書きは、核実験を強行した北朝鮮等、すべての国における核兵器取得・配備の即時停止、核保有国・疑惑国等の首脳の被爆地訪問、国連軍縮特別総会の早期開催、2015年までの核兵器禁止条約締結を目指す交渉開始、そして、2020年までのすべての核兵器廃絶を想定しています。明日から長崎市で開かれる平和市長会議の総会で、さらに詳細な計画を策定します。

2020年が大切なのは、一人でも多くの被爆者とともに核兵器の廃絶される日を迎えたいからですし、また私たちの世代が核兵器を廃絶しなければ、次の世代への最低限の責任さえ果たしたことにはならないからです。

核兵器廃絶を視野に入れ積極的な活動を始めたグローバル・ゼロや核不拡散・核軍縮に関する国際委員会等、世界的影響力を持つ人々にも、2020年をめざす輪に加わっていただきたいと願ってます。

対人地雷の禁止、グラミン銀行による貧困からの解放、温暖化の防止等、大多数の世界市民の意思を尊重し市民の力で問題を解決する地球規模の民主主義が今、まさに発芽しつつあります。その芽を伸ばし、さらに大きな問題を解決するためには、国連の中にこれの市民の声が直接届く仕組みをつくる必要があります。例えば、これまで戦争等の大きな悲劇を体験してきた都市100、そして、人口の多い都市100、計200都市からなる国連の下院を創設し、現在の国連総会を上院とすることも一案です。

被爆64年の平和記念式典にあたり、私たちは原爆犠牲者の御霊(みたま)に心からの哀悼の誠をささげ、長崎市と共に、また世界の多数派の市民そして国ぐにと共に、核兵器のない世界実現のためこん身の力を振り絞ることをここに誓います。

最後に、英語で世界に呼びかけます。(以下和訳)

私たちには力があります。私たちには責任があります。そして、私たちはオバママジョリティーです。力を合わせれば核兵器は廃絶できます。絶対にできます。

子ども代表による「平和への誓い」

人は、たくさんの困難を乗り越えてこのようの中に生まれてきます。

お母さんが赤ちゃんを産もうとがんばり、赤ちゃんも生まれようとがんばる。

新しい命が生まれ、未来につながっていきます。それは、「命の奇跡」です。

しかし、命は一度失われると戻ってきません。戦争は、原子爆弾は、尊い命を一瞬のうちに奪い、命のつながりをたち切ってしまうのです。

昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分。

それは人類が初めて戦争による被爆者をつくりだした時間であり、世界が核兵器について真剣に考え始めなければならなくなった時間です。

あの日、原子爆弾は、広島の街を一瞬にして飲み込みました。

建物は破壊され、多くの人々が下敷きになりました。人々の皮膚は、ボロ布のように垂れ下がり、「助けて」、「水をください」と何度も言いながら、亡くなっていったのです。それは、人間が人間らしい最期を迎えれなかった残酷な光景でした。

多くの夢や希望を一瞬にして吹き飛ばされた人たちの悲しい「闇」の世界でした。

世界の国々では、今も、紛争や暴力によりたくさんの命が奪われています。僕たちのようにな子どもが一番の犠牲となり、体に傷を負うだけでなく、家庭を失い心に大きな傷を負っています。日本でもまだ多くの人たちが原爆の被害で苦しんでいます。入退院を繰り返す被爆二世の人もいます。だから、まだ戦争は終わったとは言えません。

これから先、世界が平和になるために、私たちができることは何でしょうか。

それは、原爆や戦争、世界の国々や歴史について学ぶこと、けんかやいじめを見過ごさないこと、大好きな絵や音楽やいろいろな国の言葉で、世界の人たちに思いを伝えること。

今の私たちにできることは、小さな一歩かもしれません。

けれど、私たちは、決してあきらめません。

話し合いで争いを解決する、本当の勇気を持つために、核兵器を放棄する、本当の強さを持つために、原爆や戦争という「闇」から目をそむけるこなく、しっかりと真実を見つめます。

そして、世界の人々に、平和への思いを訴え続けることを誓います。

デスコト国連総会議長のあいさつ

親愛なる兄弟・姉妹。私は、世界がかつて目にしたなかで最大の残虐行為を想起する、この最も厳粛な機会をみなさまと共に過ごすことを光栄に思い、また深く心を動かされています。

本日、私は、国連総会議長としてだけでなく、個人的な立場から、この場に臨席しています。

ローマ・カトリック教会の神父およびナザレのイエスの弟子として、宿命的なB-29エノラ・ゲイ号の故ポール・テッベッツ機長がわれわれの教会の信者であったという事実に対し、私は心の底から日本の兄弟・姉妹の許しを請いたいと思います。後に、従軍司祭であった、ジョージ・サブレッカ神父が、この行為がイエスの教えに対する、想像しうる最悪の裏切りの一つであったと認めたことは、私にとってある程度の慰めではありますが、私は、自分の教会の名においてみなさまに許しを求めます。

64年後、原子爆弾による破壊という恐ろしい現実は、悲しみと恐怖、そして、無理からぬ怒りを呼び起こす力を全く失っていません。

地上から核兵器を廃絶するまで、そして、核兵器製造能力を、信頼性があり永続的な国際管理の下に置くまでは、核兵器が再び使用される危険性を取り除くことはできないですし、これまでもできませんでした。今後のできないでしょう。

これが技術的にも政治的にも複雑なもので、難しい課題であることは理解しています。それでも、もし我々がこの核による最初の恐怖の犠牲者と遺族との誓いを守ろうとするならば、我々は、今、この場で、完全な核軍縮という明確な目標に向けて、進み始めるために、説得力のある行動をとることを決意しなければいけません。

日本は核爆弾の惨劇を世界で唯一体験した国です。加えて、日本は、世界にとってゆるしと和解の素晴らしい見本を示した国です。このことを考えると、私は、日本こそが、この象徴的な平和の都市、聖なる広島の地に核保有国を招集し、そして世界中の核兵器に対するゼロ・トレランス(許容しないこと)への道を歩みだすことで、われわれの世界を正気に立ち返らせるプロセスを真剣に開始するための最大の道徳的権威を備えた国であると確信します。

潘基文国連総長のメッセージ

毎年8月6日、私たちは広島と長崎への原爆投下の犠牲となられた数多くの男性、女性、そして子どもたちを追悼するとともに、計り知れない被害を受けながら暮らしてこられた被爆者とその家族の方々に敬意を表します。

この日はまた、私たちが1945年8月の教訓についてじっくりと考える機会でもあります。核兵器の恐ろしい威力だけでなく、紛争を解決する手段としての戦争それ自体がもたらす人的損失も忘れてはならないからです。核攻撃により、世界は岐路にたたされました。核兵器と国連はこの同じ年に生まれています。一方、いわゆる恐怖と破壊に基づく平和を象徴したのに対し、もう一方は議論、妥協、法の支配、人権、正義の追求そして経済の繁栄を通じ、各国が力を合わせてつくり出す平和を体現したのです。

ですから、きょうは過去を思い出すためだけの日ではなく、共通の平和の将来像、つまり核兵器のない世界の実現に向けた決意を新たにする日でもあります。それは不可能で、安全は核兵器の獲得のみによって保障されるのだ言う人々もいます。

それでも私たちは今、核兵器の廃絶によって安全を保障しようという新たな力強いアイデアの奔流を目の当たりにしています。核保有国はすべて、正式にこの目標を支持してます。市民社会による取り組みも次々と生まれています。私は昨年10月、交際社会が講じることのできる実際的かつ現実的な措置からなる5項目の提案を出しました。この提案は、核軍縮こそが今後、核兵器の再使用を防ぐうえで唯一信頼できる道だという私cの信念に根ざしています。この勢いをさらに強めるため、来月の「国際平和デー」には全世界を動員し、核軍縮と核不拡散の進展を働きかける予定です。

私たちは核兵器がない世界をつくりあげる力があります。私は全人類に対し、この理性的で達成可能は目標を支持するよう呼びかけます。この共通の目標実現にむけ、それぞれの役割を果たそうではありませんか。そして、きょう私たちが追悼する犠牲者を、二度と出さないようにしようではありませんか。

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2009年8月 5日 (水)

原水爆禁止2009年世界大会 国際会議宣言

広島・長崎への原爆投下から64年ー世界はいま、核兵器廃絶への大きな転機を迎えている。「人類と核兵器は共存できない」との被爆者の声は、世界諸国民の圧倒的な世論となり、国際政治を動かしている。我々は、核兵器のない世界へと新たな歴史のページを開くため、地球規模で連帯し行動するよう、すべての人びとによびかける。

核兵器の脅威や戦争に反対し、核兵器のない平和な世界を求める諸国民の運動によって、世界に大きな変化が生まれている。

今年4月、オバマ米大統領は、アメリカには核兵器を使った唯一の国として行動する「動機的責任」があると述べ、「核兵器のない世界の平和と安全を追求する」と宣言した。最大の核保有国の首脳が核兵器廃絶と、そのための協力を世界によびかけたことを歓迎する。一部の国だけが核兵器を保有しつづける体制の危険性は明らかである。あらたな核拡散を防ぐためにも核兵器を廃絶するほかない。この主張は、政治家や閣僚も含め、核保有国やその同盟国お中に広がっている。

いかなる国も核兵器を持たず、平和や安全を核兵器に頼らない世界こそ、広島・長崎の被爆者、世界の反核・平和運動、非核・非同盟の国々をはじめ、世界の圧倒的多数の人々が望み、要求しつづけてきたことである。いまこそ、この実現のために、さらに行動を強めよう。

核兵器のない世界は、その実現そのものを共通の目標とし、法的な枠組みに合意し、誠実に実行してこそ達成できる。そのために我々は、アメリカをはじめすべての核兵器国が核兵器廃絶の「明確な約束」を実行し、来年5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議が、核兵器全面禁止・廃絶条約のすみやかな締結に向け、具体的な一歩を踏み出すよう強く要求する。

米ロの戦略核兵器削減合意を歓迎し、さらなる大胆な削減によってゼロへ向かうよう求める。包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期批准と発効、検証を伴う核分裂物質生産禁止条約の締結、また、核兵器先制不使用、非核兵器国への核の威嚇・使用の禁止、中東非核兵器地帯の創設などを推進すべきである。これら核軍縮にかかわる部分的、個別的措置は、核兵器廃絶の目標と明確に結びつけ実現をはかることが重要である。

核兵器のない世界の実現のためには、「核抑止力」論をはじめ、核兵器を安全保障の手段とみなす誤りに、きっぱりと終止符を打たなければならない。平和や安全を口実にした膨大な核兵器の保有、大国の「核の傘」への依存は、緊張と核拡散を助長する役割しか果たさない。核兵器の近代化や核軍備の維持増強、軍事費の拡大、原子力協力の名による核拡散は、ただちに中止すべきである。

我々は、北朝鮮の核兵器開発に抗議し、「朝鮮半島非核化のための6者協議」へのすみやかな復帰と核開発計画の放棄、核兵器廃絶の世界的努力への合流をよびかける。

核拡散問題に軍事的解決の道はない。対話と交渉こそが求められる。

唯一の被爆国でありながら、米国の「核の傘」にあくまで依存しつづける日本政府の態度は、核兵器のない世界の実現にとって重大な障害である。我々は、「核の傘」からの離脱、「非核三原則」と憲法9条にもとづく非核平和の日本をめざす運動に連帯する。

破壊的な核の恐怖さらされた世界から核兵器のない平和で安全な世界へー。2010年5月、ニューヨークで開催されるNPT再検討会議を歴史的な転換点にしなければならない。

反核平和運動の国際ネットワーク「廃絶2000」は、5月2日を「核兵器のない世界のための国際行動デー」とし、全米平和正義連合とともに、ニューヨークでの大行動と、核兵器廃絶を求める署名の共同提出を呼びかけた。我々は、この呼びかけを歓迎し、「核兵器のない世界」を国際署名を共通の行動とする多彩で創意あふれる共同行動を、世界の草の根から発展させる。

我々は、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)や世界平和市長会議の「2020ビジョン」、核廃絶の火キャンペーン、科学者による廃絶キャンペーンなど核兵器廃絶につながる世界のすべての運動と連帯する。

我々は、広島・長崎の被爆者、世界の各被害者の運動と固く連帯する。被爆者は、その心と体の深い傷にもかかわらず、核の惨禍の生き証人として、核兵器廃絶を訴えつづけてきた。人類は、このメッセージを受けとめ、核兵器のない世界を実現する強固な意思をつくりあげなければならない。

我々は、反戦平和、枯れ葉剤など戦争被害の救済、地球環境の保護、女性の社会的地位の向上、貧困・失業・飢餓の克服、軍事費の大幅削減などを求める諸運動と連帯し、核兵器のない平和で公正な世界を築くようよびかける。

これこそ人類がめざすべき未来である。我々は、未来を担う青年の創意とエネルギーに満ちあふれた活動を支援し、彼らがこの行動に加わることを心から期待する。被爆者とともに、そして若い世代とともに、いまこそ行動に立ち上がろう。

2009年8月5日

原水爆禁止2009年世界大会・国際会議

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2009年6月27日 (土)

ピース・フェスティバルCHiBA 2009

「いま、力をひとつに」 

伝えよう あの日のできごとを 

支援しよう 原爆裁判を 

なくそう 世界の核兵器を!!

2009年7月4日(土) 千葉市民会館大ホールアクセス

  • 開場:12:30
  • 開演:13:30
  • 被爆証言:13:40
  • 演奏:14:50 ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉
  • 講演:14:50 井上ひさし氏 「平和について 今どうしても伝えたいこと」(仮題)

参加券発売中 大人¥1,300、学生・障害者¥800、小・中・高校生 無料

主 催 

  • 核兵器廃絶をめざす千葉県平和事業実行委員会

後 援 

  • 毎日新聞千葉支局 
  • 朝日新聞千葉総局 
  • 読売新聞千葉支局 
  • 日本経済新聞千葉支局 
  • 千葉日報社 
  • NHK千葉放送局 
  • 千葉テレビ放送 
  • 東京新聞千葉支局 
  • 日本原水爆被害者団体協議会

問合せ先 

  • 千葉県保険医協会 ☎043-248-1617
  • 千葉県原爆被爆者友愛会 ☎043-253-7768
  • 原水爆禁止千葉県協議会 ☎043-224-2562

<井上ひさし氏>

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1934年山形県川西町(旧小松町)生まれ。上智大学外国語学部フランス語科卒業。放送作家としてスタートする。

1969年 「日本人のへそ」で演劇科デビュー

1972年 「手鎖心中」で直木賞受賞、「道元の冒険」で岸田戯曲賞と芸術選奨脚本賞受賞。

1984年 こまつ座を旗揚げ。「頭痛肩こり樋口一葉」「きらめく星座」「シャンハイムーン」「人間合格」「ロマンス」他多くの戯曲を書き下ろして上演。「父と暮らせば」は海外各地でも上演、朗読されている。

小説 「ブンとフン」「青葉繁れる」「百年戦争」

戯曲 「雨」「國語元年」

エッセイ他 「コメの話」「にほん語観察ノート」「井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法」「ボローニャ紀行」など著書多数。

<ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉>

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財団法人ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉は、1985年千葉県唯一のプロオーケストラとして発足。以来、千葉県の芸術・文化の顔として、年間3回の自主公演のほか、県民芸術劇場や依頼演奏会など地域に密着した活動を続けています。また、県下の小中学校に良質の音楽に触れてもらい、豊かな心の育成を促そうと「小・中・高等学校及び盲・聾・特別支援学校音楽鑑賞教室」を3,000回以上開催するなど、教育活動にも力を注いできました。1996年、第1回NHK地域放送文化賞受賞。

<被爆の証言と青年たちの平和メッセージ>

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被爆者は64年間、からだ・こころ・くらしの苦しみと闘いながら1日も早く核兵器がなくなることを願ってきました。青年たちは「被爆の体験を継承する最後の世代」として行動し、核兵器廃絶を発信し続けています。私たちの平和の熱い思いを聞いてください。

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2009年4月29日 (水)

第26回総会ご案内

日時:2009(平成21)年5月17日(日)午前10時~12時

場所:千葉市文化センター 9階会議室Ⅰ

議事:

  • 2008年度活動報告
  • 2008年度会計報告
  • 2009年度活動方針など

ビデオ上映 「3000万の署名 大国を揺るがす~第5福竜丸が伝えた核の恐怖~」

会場へのアクセス(地図)は→こちら

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2009年2月 8日 (日)

2009年3・1ビキニデーのご案内

3・1ビキニデーは、1954年3月のビキニ水爆被災に始まる原水爆禁止の国民的な運動を受け継ぎ、核兵器廃絶への決意を新たにする場です。2010年春の核不拡散条約(NPT)再検討会議を前に、核兵器の廃絶を求める声や行動を全国に、世界に広げる出発点です。

2月27日(金)国際交流フォーラム

「全国に世界に核兵器廃絶のうねりをビキニデーから広島・長崎、ニューヨークへ」

  • 時間 14:00~17:00
  • 会場 グランシップ会議ホール(JR東静岡駅下車徒歩5分)
  • 主催 日本原水協
  • パネリスト ジョセフ・ガインザ(アメリカフレンズ奉仕委員会)、コラソン・ファブロス(非核フィリピン連合)他にオーストラリア、日本からも要請中

2月28日(土)日本原水協全国集会

  • 会場 グランシップ
  • 全体集会 13:00~15:00
  • 分科会 15:30~18:30
  • 分科会テーマ
  1. 核兵器のない世界をーーー草の根活動の交流・連帯
  2. 非核平和の日本をつくろうーーー憲法九条・基地強化・米艦船寄港・ミサイル防衛など
  3. 核兵器と国民のくらし、経済、環境
  4. 被爆者支援、集団訴訟の早期解決、被爆体験の継承・発信を
  5. 国民平和大行進、6・9行動と地域原水協づくり
  6. ビキニ事件と原水爆禁止運動を学ぼう
  7. うごく分科会「焼津行動」

核兵器なくそう・世界青年のつどい2009in静岡

  • 日時 2月28日(土)19:00~21:00
  • 会場 グランシップ会議ホール
  • 主催 「核兵器なくそう・世界青年のつどい」準備委員会

3月1日(日) 3・1ビキニデー集会および関連行事

墓参行進・墓前祭

  • 期間 9:30行進出発(JR焼津駅南口集合) 10:00~久保山愛吉氏墓前祭
  • 主催 墓参行進(3・1ビキニデー静岡県実行委員会、日本宗教者平和協議会)墓前祭(日本宗教者平和協議会)

被災55年2009年3・1ビキニデー集会

  • 時間 13:00~15:30
  • 会場 焼津市文化センター大ホール
  • 主催 原水爆禁止世界大会実行委員会、被災55年2009年3・1ビキニデー静岡県実行委員会

原水爆禁止日本協議会のパンフレット「核兵器のない世界を 2009年3・1ビキニデー」 から

  

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2008年7月30日 (水)

ピースフェスティバルCHIBA2008

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movie 映画 「夕凪の街 桜の国」

note 合唱 千葉合唱団

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日時2008.8.30(土)

場所千葉市民会館大ホール

開場:12:30

開演:13:30

平和のメーセージ:13:50

映画:14:30 『夕凪の街 桜の国Photo

広島原爆投下から10年後と現代に生きる2人の女性を通して、現在までに至る原爆の影響を描いた、こうの史代原作「夕凪の街 桜の国」。その難しい題材を扱った内容にも関わらず、韓国、フランス、アメリカ、オーストラリアなど10ヶ国で出版され、海外でも注目を集める感動の物語が遂に実写映画化。監督は「半落ち」「出口のない海」など、人間と家族の思いを見つめ続け、情感溢れる秀作を生み出してきた佐々部清。今また切なくも温かい命の尊さを語りかける名編がここに誕生した。

ストーリー

「夕凪の街」 昭和33年、復興が進広島で、平野皆実(麻生久美子)は母親・フジミ(藤村志保)と貧しくとも平穏に暮らしている。弟・旭(伊崎充則)は戦争中に水戸へと疎開し、そのままおば夫婦の養子になっていた。ある日、皆実は会社の同僚・船越(吉沢悠)から愛の告白を受ける。しかし、原爆で自分が生き残った罪悪感を感じる皆実は、幸せに飛び込んでいけない。そんな皆実の思いを船越は優しく包み込むー。

「桜の国」 平成19年、夏の東京。定年退職した旭(堺正章)と一緒に暮らす娘の七波(田中麗奈)は、父親の最近の行動を心配していた。今夜も一人、家族に内緒で出掛けていく旭のあとをつけてみると、広島に行き着く。七波は、広島で旭が立ち寄る先や会う人々を遠目に見ているうちに、亡くなった祖母・フジミや伯母・皆実へ思いをめぐらせる。七波は、家族や自分のルーツを見つめ、広島でかけがえのない瞬間を過ごしていくー。

閉会:16:30

チケット 大人:1500円、学生・障害者:1000円、小・中・高校生:無料

主催:核兵器廃絶をめざす千葉県平和事業実行委員会

後援:毎日新聞千葉支局、朝日新聞千葉総局、読売新聞千葉支局、千葉日報社,NHK千葉放送局、東京新聞千葉支局、日本原水爆被爆者団体協議会

問合わせ先

  • 千葉県保険医協会      telephone043(248)1617
  • 千葉県原爆被害者友愛会 telephone043(253)7768
  • 原水爆禁止千葉県協議会 telephone043(224)2562

※無事終了いたしました。沢山の来場者の皆様、有り難うございました。また来年お会いしましょう。

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2008年5月17日 (土)

第25回総会のご案内

第25回総会のご案内

日時:5月18日(日)午前10時~12時

場所:千葉市文化センター 9階会議室Ⅳ

議事

  • 2007年度活動報告
  • 2007年度会計報告
  • 2008年度活動方針 など

ビデオ上映 「なぜ見過ごされた残留放射能」

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2008年2月 7日 (木)

核のない世界へ 医療人のため平和テキスト

核戦争に反対し、核兵器の廃絶を求める医師・医学者のつどい 編 平和文化発行、¥1600

〒113-0033 東京都文京区本郷2-23-3

telephone 03-3812-8618/FAX 03-3812-7105

http://www.heiwabunka.com

【内容】

序章 平和学習のすすめ 武居 洋

第1章 被爆者とともに歩む核兵器廃絶運動 児島 徹

第2章 悪魔の兵器ーーー核兵器 大場敏明

第3章 核時代と医学・医療 莇 昭三

第4章 核抑止論 渡植貞一郎

第5章 世界と日本の医師・医学者たちの平和への貢献 莇 昭三

第6章 問われる日本の進路 平山竹久

第7章 戦争をくり返してはならないーーー沖縄の医師からのメッセージ 武居 洋

終章 核戦争の危機を克服し、青い地球を未来へ 武居 洋、向山 新

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2008年1月20日 (日)

ニュース 第86号 2008年1月20日発行

(1)

今年の新聞やテレビ各社の新春特集の中で、どこでも目立ったのは「環境問題」でした。北極海の氷の面積が観測史上最小になってしまっていることを示す写真。科学者の予想より40年以上も早いペースだといいます。ヒマラヤでも氷河が年々縮小し、その解けた水がたまって出来る氷河湖はその数も面積もどんどん大きくなってなっています。こうした世界各地で起こっている変化が地球温暖化の影響であることに「疑いの余地はない」を世界の科学者は言い、緊急の対策を訴えています。しかし、昨年インドネシア・バリ島で開かれた国連の温暖化対策国際会議では、CO2など温室効果ガス排出削減の数値目標で合意は得られませんでした。人類にとって緊急に必要なことでいつもその足を引っぱっているのがアメリカ(注筆者、USAのこと)です。C02最大排出国のアメリカ(注筆者・同)。今回はそれに追随した日本、カナダ。核兵器廃絶に抵抗しているアメリカ(注筆者・同)。消極的な日本政府。同じ構図です。何とかしなければなりません。今年も世界の仲間と連帯して彼等を孤立させるために頑張りましょう。(花井)

(2)

あけましておめでとうございます 世話人代表 花井 透、松尾洋一郎 世話人一同

「今年の目標」松本 俊二(千葉市)

今年は「年間アベレージ100を切る」との目標を立てて初打ちをしましたが、102でした。「全てのラウンドで100を切る」を目標にしていたら、初級おたった1球でゲームセットになる所でした。後は精進、努力しなければ・・・。

まだできっこない「断酒宣言」はしませんが、スコアメイクと身体のためにも「飲んでも飲まれずの節酒」をもう一つの目標としました。

2006年の元日から書き出した日記が3年目に入りました。これまではいつも直ぐに白紙状態になっていたのですが、今回は「5年日記」を使用しています。書くスペースがメモ程度と狭いことと、昨年のを読みながら書けるのが続いた秘訣です。「ボケ予防」を兼ねて翌日書いていて、時々思い出せないのが夕食の献立。いかに無意識で食べているかが分かります。

今話題の地球温暖化阻止、京都議定書の目標は全人類がやる気になって努力すれば達成できるのでしょうが、もう一つの「核兵器廃絶」、こりのはその立場の人が「宣言」をして、「一斉にパッとなくす」しか達成できないのでしょうか?

<川柳>

小川雅俊(佐倉市)

・防衛屋 夫婦揃って かじり虫

・三つ星は カメラ設置も 選考に

無精(市川市)

・かの地では 氷の中にも 放射能

・逃げ惑う 街の空には 火焔あり

・透き徹る水 青空に 感謝あり

前島 明(浦安市)

・検査値を 見ては悲しき メタボかな

・上り坂 下り坂他 まさかあり

(晋ちゃんまんじゅう)

・饅頭の 賞味期限で 捨てられる

・鬼は外 福は内にも 鬼は居る

・福田守 小さな沢で 用を足し

(3)

縄文の時代を見直す 高橋 稔(船橋市)

人々は野山を駆け回っては動物を捕まえ、木の実や魚を捕まえたりして食料を得ていた縄文時代のつらい毎日の生活。それに比べて弥生の時代には、人々は村を作って定着し、目の前いは稲穂が豊かに実った水田が広がり、家々のかまどから立ちのぼる夕げの煙などののんびりとした豊かな生活を送れるようになった。私は子どもの頃に本で見た登呂遺跡の復元図がまさに私の頭の中に焼きついた弥生時代の生活スタイルであった。

しかし、この十数年の間に私の考えが間違えていたことを根底から思い知らされるであった。それは、青森県から縄文時代の三内丸山遺跡の発掘、さらに佐賀県から弥生時代の吉野ヶ里遺跡の発掘と研究成果が次々と報告されてきたからでるある。

三内丸山では今から約5500年前に、500~600人の住民が集落を作り、約1500年間もの長い間定着し、そこで生活をしていた。中央には広場があり、家にはその広場を中心に作られ、村のはずれには食物を備蓄する倉庫が作られていた。村の反対側のはずれには墓がつくられ、みんなが平等にその墓に埋葬されていた。ただ、子どもの墓は住居の近くに作られていた。親が子どもを慈しんでいた姿がみえる。また、食料は狩猟だけではなく、畑に栗や豆を育て、その実を収穫することもしていた。人を殺す道具などはなく、戦争も争いもなく、身分の差もなく平等にゆったりと、自然を大切にする生活をしていたのである。越後地方で見つかるあの豪華な火焔土器を作り出した縄文の感性は平和なゆとりある時代でないと出来なかったと思う。

一方、吉野ヶ里の遺跡は今から約2300年前の弥生時代であるが、村の周りを二重の環濠が取り巻き、見張り台がつくられ、人を殺す武器も見つかり戦争が日常の緊迫した生活ぶりであった。村の中にも、内側と外側の二重に区域され、身分の高い人が内側に住んでいる。平和なイメージのあった弥生時代は、水田確保のため、土地の開墾、自然破壊をしては、水の利権を廻っての争いが、さらに大陸との交易の利権争いをふくめて、戦争の時代だったとの報告が多い。現代の私たちがめざす社会は、環境破壊から自然を守り、石油などの利権争いのための戦争をやめ、平和でゆっくりとした格差のない社会をつくることだと思う。まさに、縄文の時代をもう一度見直し、縄文に見習うことが本当に多いと思う。

<俳句>

花井 透

・廻りくる オリオン 枯るるべくは枯れ

・ガラス拭き 妻と内外 年暮るる 

・篝火に 手をかざしゆく 初詣

・抗えず 爺と呼ばるる 二日かな

・礒料理 水仙添へて ありにけり

(4)

NO核兵器 LOVE平和憲法 20周年を迎えて新たな決意

第18回医師・医学者のつどい 開催

昨年9月23日、24日、「第18回核戦争に反対し、核兵器の廃絶を求める医師・医学者のつどい」が、”NO核兵器 LOVE平和憲法~20周年に新たな決意”をメインテーマに京都市・立命館大学(23日)と京都産業会館(24日)で開催され、全国から335名(当会からは松尾代表世話人)が参加しました。

初日は山上紘志実行委員長の開会挨拶の後、原和人常任世話人が基調報告を行い「核戦争の惨禍を体験し戦争放棄の憲法を持つ日本政府は、交際政治の場で核兵器廃絶のイニシアチブを発揮し、『非核三原則』を厳格に実行することが強く期待されている」と述べ反核医師の会の活動の重要性を強調しました。

特別講演は、片岡勝子JPPNW事務総長・広島大学名誉教授が「JPPNWの活動」を題して講演。80年に IPPNWが発足して以降を概観しながら、日本支部では、原爆被爆の実相を世界に伝えること(写真展、被爆者である医師の証言)、原爆被爆の健康への影響の発表、海外被ばく者検診、海外からの研修生の受け入れ、医学生プログラムの支援、北アジア非核兵器地帯の創設に向けた活動など行っていることを報告しました。今後の課題として、北東アジアの非核兵器地帯化へ向け、日韓がアメリカの「核の傘」から抜け出す必要性などを訴えました。

その後の記念講演は「核はなくせる I CAN、YOU CAN、WE ALL CAN」と題して、ティルマン・アルフレッド・ラフIPPNWオーストラリア代表が行いました。「世界終末時計は7分前から5分前に変更された。世界の超大国となったアメリカの最近10年間の動き(CTBT、京都議定書、生物兵器禁止条約、地雷禁止条約からの脱退)を見ると非常に危険である。同盟国であるオーストラリア、日本が『我々は核兵器の脅威によって守られたくない』をいうことをアメリカに対して強く主張することが必要である」と述べました。そして過去の輝かしい成功例(生物兵器・化学兵器・対人地雷の禁止)に学び、核を禁止する条約を早急に作らなければならない。ICAN(International Campaign to Abolish Nuclear Weapons 核を完全に廃絶するための幅広い宣伝や教育のためのキャンペーン)の活動の大きなうねりを起こして行きたいと訴えました。

2日目は、市民公開シンポジウムが「東アジアの非核、安全保障と日本国憲法」をテーマに行われ、日本がアジアの平和構築のために努力すべきことは、アメリカ一辺倒ではなく、アジア近隣国との信頼を築き、北東アジア非核化地帯へ向け平和、反核のイニシアチブを発揮することが重要との意見が出されました。

つどいの最後に「北東アジアの非核地帯化を求める京都宣言」「医師・医学者は核兵器廃絶の先頭に立とう」アピールを採択して閉会しました。

次回は2008年11月22日、23日に石川県で開催されます。

(5)(6)

原爆症認定基準見直し案 検討会と与党プロジェクトチームが報告書提出

2007年12月17日、原爆症の認定基準を見直すための厚生労働省の検討会(金沢一郎座長・日本学術会議会長)は報告書をまとめ厚生労働省に提出しました。

検討会は原因確率を維持

報告書の骨子は、①初期放射線の被曝線量推定方式はDS86に代わり、DS02を導入、②原因確率は維持、③原因確率50%以上の被爆者は審査を省き認定する、④原因確率が10%以上50%未満の場合は信用に足る本人の供述、10%以下の場合は、急性症状など本人供述のほか第三者の証言があれば総合的判断の対象とする、⑤入市被爆者の被曝線量について入市経路・滞在時間を基に計算する というものです。

被爆者切り捨てを追認 と被団協は批判

同日、この報告書について日本被団協は記者会見で抗議声明を発表しました。この中で、司法判断を真っ向から否定し、被爆者切り捨ての行政を追認したもので絶対に容認できないとして、問題点を①原因確率を基礎とする現行の「審査の方針」の枠組みを容認している、②個々の被爆者の残留放射線をはかるのは困難であり、内部被曝は一切考慮されていない。考慮するとした急性症状については62年たっての立証は不可能、③審査の方針の廃止と分科会の抜本的改革を求めてきた政治の動向と国民世論とに衝突する、とあげて批判しました。

自動認定制を導入 与党プロジェクトチーム

一方与党プロジェクトチーム(PT)(河村建夫座長・自民党衆議院議員)は2007年12月19日見直し案をまとめました。この案では「原因確率」は「現実救済につながっていない」として使用せず自動認定する範囲として①爆心地から3.5km以内で直接被爆、②原爆投下後100時間以内に爆心地付近(約2km以内)に入市、③原爆投下後100時間経過後爆心地付近に1週間程度滞在のいずれかに該当する被爆者が特定の病気(がん、白血病、白内障、腹甲状腺機能亢進症、心筋梗塞)を発症した場合をあげました。また、このパターンに当てはまらない人についても個別審査する中で原因確率を使えば救済できる場合もあるとして、「使用も排除しない」と余地を残しました。

被団協はこれについて、「私たちの要求が真摯に受け止められたと評価する」と歓迎しました。

今後国が厚労省案と与党PT案のどちらを採用するのか政治決断をすることになります。

千葉地裁 原爆症認定集団訴訟 第1次分 4月結審が確定

2007年12月25日、千葉地方裁判所において原爆症認定集団訴訟第1次分(4名)第20回、第2次分(3名)7回、第3次分(1名)第1回の口頭弁論が行われました。

次回4月8日で終結

第1次分については、原告側がすでに最終準備書面を提出していたにもかかわらず、被告側が、病院が新に提出してきた原告のカルテの検証を要求すると裁判所側に申し立てたため、裁判長は被告側の最終準備書面の提出期限を2月末と指定し、原告側にも追加があれば3月末までに提出するように求め、原告側もこれを了承しました。この結果、裁判長は次回を4月8日に開き終結すると宣言しました。2003年5月に始まったこの裁判は5年経過後の夏には判決が出される見通しとなりました。

第3次分も放射線に起因

続いて昨年9月に提訴した第3次分の飯田進さん(81)については、弁護団より意見陳述が行われ、8月8日の夜、救援のため佐倉連隊の一員として広島市入りし残留放射線を浴び、急性症状を発症。後年、がんや被爆者特有の病気で苦しんでいる状況が説明され、病気は原爆に起因しているとして認定却下の取り消しを求めると述べました。この日も傍聴席を大幅に上回る支援者が駆けつけ、公正な判断を求める千葉地裁あての署名1145筆が新に提出され、累計5万1469筆をなりました。

県内9自治体が意見書採択

閉廷後開催された支援集会では、12月中旬に原爆症認定基準の見直し検討委員会まとめた最終報告について意見が出され「被爆者切り捨て行政を追認するもの」「『原因確率』は一つの考慮要素にすぎないと過去6回の判決が指摘しているのにまだ固執している」と支援者から批判が相次ぎました。

被爆者団体からは、原爆症認定制度改善についての国会議員賛同署名が県内では過半数に達したこと、また12月議会までに千葉県、印西・勝浦・市川・山武・野田・浦安・習志野・松戸各市で意見書が採択されたと報告があり、勝利判決をめざして運動すること、被爆者の分身となる支援者を一層増やしていくことなどを確認しました。

署名の御礼とお願い

昨年お願いした「原爆症認定制度の抜本改定を求める署名」は1月8日現在、全国で37万2千筆が集約されています。当会でも15名の会員から228筆ご協力いただきました。ありがとうございます。お手元にまだお持ちの方は至急お送りください。お願いします。

【反核情報】

米原潜 48回も寄港

昨年、米原子力潜水艦の日本への寄港が12隻48回に上り、昨年より2回増えていることが寄港地を抱える自治体の集計で明らかになりました。沖縄・ホワイトビーチへの寄港が24回、横須賀13回、佐世保11回となっています。2006年は、横須賀に寄港した原潜の出港時に放射性物質が検出され大問題になりました。今年は太平洋重視から原子力空母ジョージ・ワシントンの横須賀配備を狙っています。

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2007年8月14日 (火)

行動提起

原水爆禁止2007年世界大会・長崎閉幕総会(9日長崎市) 原水協、高草木博事務局長

2007年世界大会は、すばらしい大会となりました。

国際会議から7日間の討論を通じて、ことしも政府代表のみなさんと一緒に核兵器のない世界への道筋を考えることができました。

アジア、中東、ヨーロッパ、アメリカと世界の人々が共通の目的のために行動し、連帯していることを目の当たりにしました。韓国の行進団から大きな元気と希望とをもらいました。

みなさんが、核兵器の廃絶こそが世界の大勢であることを実感されたと思います。この場をお借りして政府代表、世界の反核運動、核被害者の運動の代表、ごあいさついただいた田上富久長崎市長に心からの感謝をしたいと思います。

大会討論の最大の焦点は、2年9ヶ月後に開かれるNPT(核不拡散条約)再検討会議に向かって、核兵器廃絶の約束実行を求める世界的行動をつくりだすことにありました。

そのために被爆国日本でやらなければならない3つのことがあります。

第一は、この大会での感動や学んだことをみんなに伝え、「すみやかな核兵器の廃絶のために」の署名をはじめ、核兵器廃絶の世論を広げる行動を、たくさんの人の工夫や知恵やフィーリングを加えてつくりだしていただくことです。「偉大な目標は偉大な行動によって達成される。長崎をその出発点にしよう」。この、モハメド・アブデル・モライムさん(アラブ連盟顧問)の言葉を忘れないで下さい。

二つ目です。8月6日、広島の平和式典を映すテレビ画面には、核兵器廃絶のために誠実努力し、憲法をあるがままに順守するよう諭す秋葉市長を前に、目は泳ぎ、表情はうつろな安倍首相の姿がありました。もはやあの内閣に期待を持っている国民は皆無です。

私たちは、次の変化が必ず非核と憲法九条が輝く方向に向かうように行動しなければなりません。そのために、九月の地方議会を皮切りに、全国の自治体に「非核日本宣言」への賛同や意見書採択をするように働きかけること、そして、「非核日本」と九条守れの声を全国に沸き返らせるよう呼びかけたいと思います。

三つ目は、被爆者への支援です。安倍首相がついに原爆症認定行政の再検討に動きました。これは大きな前進です。ですが本当に誠意があるなら一年もかけなくともすぐにできることがあります。それは、熊本地裁判決を控訴せず、これまでの控訴を取り下げ、被爆者援護行政を根本的に改めることです。その実現のために、全国のみなさんが被爆者を支え、支援の草の根ネットワークを作り上げていただきたいと思います。

最後に、被爆者・山口仙二さんの伝言をお伝えします。「長崎をくり返さないでほしい。そのために若い人たちが、いまの努力を続けることを大事にしてください。」

被爆者の思いを受け継ぎ、二十一世紀の歴史の主人公である私たちがみずからの行動で必ず「核兵器のない平和で公正な世界」の扉を開こうではありあせんか。

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2007年8月11日 (土)

医師・医学者のつどい

第18回核戦争に反対し核兵器の廃絶を求める医師・医学者のつどい 20周年記念

命を守るため、貧困の解決のため、健康のため、環境を守るため、確かな一つの道は戦争と核兵器をなくすこと。どうすれば実現できるか、一緒に考えませんか?

Img18tirasi1 もう、なくしませんか?

戦争、核兵器

メインテーマ

『NO核兵器、LOVE平和憲法、~20周年に新たな決意 IN 京都』

主催:全国反核医師の会、第18回核戦争に反対し、核兵器の廃絶を求める医師・医学者のつどい実行委員会

20周年記念行事

「命を守る医師は、核兵器を許せない」との思いから、私たちが活動をはじめてから20年。あらためて「核兵器廃絶の条件」「東アジアの非核と平和の実現」などをテーマに、つどいを企画しました。オーストラリアからIPPNWのラフ氏を招聘するとともに、シンポジウムで東アジアの非核、平和を考えます。オプション企画やレセプションも充実「反核医師・医学者のつどい」に多くの皆さんのご参加をお待ちしています。

2007年9月23日(日・祝)立命館大学・衣笠キャンパス

●10:30~オプション企画/立命館大学・平和ミュージアム 見学会

●13:00~全体会/立命館大学・敬学館230教室

□20周年を迎えた私たちの取り組みと課題

□特別講演「JPPNWの活動」 片岡勝子JPPNW(核戦争防止国際医師会議)事務総長・広島大学名誉教授

プロフィール:IPPNW(核戦争防止国際医師会議)副会長(北アジア地域代表)、IPPNW日本支部(JPPNW)事務総長・広島大学名誉教授、米国ニューヨーク州立Rosewall Park記念研究所客員教授、滋賀医科大学助教授を経て1981年広島大学教授

●15:30~

□記念講演 「核は廃絶できる I can,You can,We all can」 ティルマン・アルフレッド・ラフ IPPNWオーストラリア代表

プロフィール:IPPNW(核戦争防止国際医師会議)オーストラリア代表、メルボルン大学ニューノッサル世界保健研究所准教授、オーストラリア赤十字国際局医療アドバイザー、太平洋諸島諸国における防疫計画に関し、ユニセフ、世界保健機構のテクニカルアドバイザーを務める。International Campaign to Abolish Nuclear Weapons(ICAN)は、IPPNWオーストラリア支部(MAPW)が中心となって今年4月から始められたIPPNWの国際キャンペーン。核を完全に廃絶するための幅広い宣伝や教育のためのキャンペーンである。核兵器廃絶条約の実現を目指すが、中身は分かり易く、しかも楽しくやろうというものである。詳しくは、→こちら(英文)

●18:00~レセプション/リーガロイヤルホテル京都

9月24日(月・休)京都産業会館・シルクホール

10:00~/市民公開シンポジウム(一般参加無料)

□「東アジアの非核、安全保障と日本国憲法」

東アジアの非核、平和の課題、日本国憲法の役割などを報告し、討論します。

●「アメリカの核戦略~MD構想とスターウォーズ」 藤岡 惇(立命館大学教授)

プロフィール:1947年生まれ、京都大学大学院修了。経済学博士。アメリカ経済論、平和の経済学を担当。国際NGO「宇宙への兵器と核の配備を考える地球ネット」の国際諮問委員、立命館大学国際平和ミュージアム・メディア資料センター長を務める。

●「大国、中国と東アジア関係からみた問題提起」 大西 広(京都大学教授)

プロフィール:1956年生まれ。京都大学大学院修了。経済学博士。認識論、応用計量経済学、マルクス経済学の分野で活躍。近著「グローバリゼーションから軍事的帝国主義へ」では、アメリカの衰退と中国の勃興との視点から、東アジア情勢を解明。

●「朝鮮半島と日本~平和、友好、和解に必要なものは?」 徐 勝(立命館大学教授、コリア研究センター長)

プロフィール:1945年生まれ。東京教育大学卒、韓国民主化闘争に協力し、韓国国立ソウル大学校大学院に留学中の1971年、実弟の徐俊植とともに国家保安法違反容疑でKCIAに逮捕され、獄中で19年を過ごす。

●「日本の核武装?」 冨田 宏治(関西学院大学教授)

プロフィール:1959年生まれ、名古屋大学大学院修了。政治学者。名古屋大学平和憲章の制作に携わり反核平和運動をライフワークとする。原水爆禁止世界大会の文書起草委員長を務めるなど、世界の反核平和をめぐる様々な状況に非常に詳しい。

<アクセス>

立命館大学・衣笠キャンパス 京都市北区等持院北町56-1 電話;075-465-1111(代)

●JR・近鉄京都駅から、市バス50/快速205にて約35分、「立命館大学前」下車

●阪急電車河原町駅(四条河原町) 市バス12/51にて(約40分)「立命館大学前」下車

●京阪電車三条駅 市バス15/59にて(約30分・市バス15は終点)「立命館大学前」下車

京都産業会館・シルクホール 京都市下京区・市場烏丸西入る 電話;075-211-8341

●市営地下鉄。四条駅下車徒歩2分 

●阪急電車、烏丸駅下車徒歩2分(地下鉄・阪急・26番出口、京都産業会館地下入口直結)

●バス、四条烏丸バス停前(南側)

<連絡先>

全国反核医師の会 〒151-0053 東京都渋谷区代々木2-5-5新宿農協会館 電話;03-3375-5121 FAX 03-3375-1885 全国保険医団体連合会

つどい実行委員会 〒650-0024 神戸市中央区海岸通1丁目2-31 神戸フコク生命海岸通ビル5階 電話;078-393-1801 FAX 078-393-1802 兵庫県保険医協会

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2007年8月10日 (金)

平和への誓い(長崎)

被爆者代表、平林克記氏、2007.8.9

一発の原子爆弾が炸裂(さくれつ)した、1945年8月9日午前11時2分。6歳の私は、爆心地より1.3㌔ほどの自宅から、そう遠くはない小高い丘で、友達と蝉(せみ)とりに夢中でした。古びた山小屋があり、雑木林が茂っていて、蝉が合唱していました。

私が、一緒についてきた3歳の妹に虫かごを手渡し、木の幹の蝉に、虫アミのさおを伸ばし始めたときでした。急に飛行機の爆音がしました。

私は、たちすくむ妹を強引にひきずって、山小屋に逃げ込みました。その瞬間でした。まっ白い光と爆発、爆風、熱風を浴び、すさまじい破壊が始まりました。

私は、木片、瓦礫(がれき)と化した木立や小屋の片隅から、吹き飛ばされて気絶している妹をかきだしました。

私は、妹を背負ってさまよいました。力つきて立ちすくんでいました。誰か、助けてくれそうでしたが、私の体をみて、もうダメだろうと、置き去りにしました。

私は、左の下腹部に竹が突き刺さって肉がえぐれ、血を流しながら妹を背負っていました。

そのころ、爆心地・周辺・至るところで、7万数千人が亡くなり、私を含め、7万数千人が傷つきました。

あの、一発の原子爆弾は、空前の破壊力で放射線を浴びせ、一瞬にして、無差別大量殺戮(さつりく)をやってのける地球の人類の悪魔でした。時を追うごとに増え続ける未曾有の悲惨さ。今も、後障害に苦しむ多くの被爆者。あまりにも、不条理であります。

あの日の長崎市民は、みな誰でも、人類の子であります。あの日の広島と長崎は、人類の広島・長崎でもあります。

原爆投下は、人類への投下であって、向かうべき人類の真理に背き続けて、それぞれの立場や都合で、それを正当化し、肯定し、擬制するものではありません。

人類の真理。それは、「平和にいだかれた幸福と繁栄」。これこそ、人類が命を懸けて子孫に贈り、未来を託す真理であります。

私は、これからも、核兵器のない世界の恒久平和を願って、足元から微力をつくします。

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長崎平和宣言

平和祈念式典、長崎市長、田上富久氏 2007.8.9

「この子どもたちに何の罪があるのでしょうか」

原子爆弾の炎で黒焦げになった少年の写真を掲げ、12年前、就任まもない伊藤一長前長崎市長は、国際司法裁判所で訴えました。本年4月、その伊藤前市長が暴漢の凶弾にたおれました。「核兵器と人類は共存できない」と、被爆者とともに訴えてきた前市長の核兵器廃絶の願いを、私たちは受け継いでいきます。

1945年8月9日、午前11時2分、米軍爆撃機から投下された一発の原子爆弾が、地上500㍍で炸裂(さくれつ)したました。

猛烈な熱線や爆風、大量の放射線。

7万4千人の生命が奪われ、7万五千の方々が深い傷を負い、廃墟(はいきょ)となった大地も、川も、亡骸(なきがら)で埋まりました。平和公園の丘に建つ納骨堂には、9千もの名も知れない遺骨が、今なお、ひっそりと眠っています。

「核兵器による威嚇と使用は一般的に国際法に違反する」という、1996年の国際司法裁判所の勧告意見は、人類への大いなる警鐘でした。2000年の核不拡散条約(NPT)再検討会議では、核保有国は、全面的核廃絶を明確に約束したはずです。

しかしながら、核軍縮は進まないばかりか、核不拡散体制そのものが崩壊の危機に直面しています。米国、ロシア、英国、フランス、中国の核保有五ヶ国に加え、インド、パキスタン、北朝鮮も自国を守ることを口実に、新たに核兵器を保有しました。中東では、事実上の核保有国と見なされているイスラエルや、イランの核開発疑惑も、核不拡散体制をゆるがしています。

新たな核保有国の出現は、核兵器使用の危険性を一層強め、核関連技術が流出の危険にされされています。米国による核兵器の更新計画は、核軍拡競争を再びまねく恐れがあります。

米国をはじめとして、すべての核保有国は、核の不拡散を主張するだけではなく、まず自らが保有する核兵器の廃絶に誠実に取り組んでいくべきです。科学者や技術者が核開発の協力を拒むことも、核兵器廃絶への大きな力となるはずです。

日本政府は、被爆国の政府として、日本国憲法の平和と不戦の理念にもとづき、国際社会において、核兵器廃絶に向けて、強いリーダーシップを発揮してください。

すでに非核兵器地帯となっているカザフスタンなどの中央アジア諸国や、モンゴルに連らなる「北東アジア非核兵器地帯構想」の実現を目指すとともに、北朝鮮の核廃棄に向けて、6ヶ国協議の場での粘り強い努力を続けてください。

今日、被爆国のわが国においてさえも、原爆投下への誤った認識や核兵器保有の可能性が語られるなか、単に非核三原則を国是とするだけでなく、その法制化こそが必要です。

長年にわたり放射線障害や心の不安に苦しんでいる国内外の被爆者の実情に目を向け、援護施策のさらなる充実に早急に取り組んでください。被爆者の体験を核兵器廃絶の原点として、その非人道性と残虐性を世界に伝え、核兵器の使用はいかなる理由があっても許されないことを訴えてください。

爆心地に近い山王神社では、2本おクスノキが緑の枝葉を大きく空に広げています。62年前、この2本の木も黒焦げの無惨な姿を原子野にさらしていました。それでもクスノキはよみがえりました。被爆二世となるその苗は、平和を願う子どもたちの手で配られ、今、全国の学校やまちで、すくすくと育っています。時が経(た)ち、世代が代わろうとも、たとえ逆風が吹き荒れようとも、私たちは核兵器のない未来を、決して諦(あきら)めません。

被爆62年周年の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典にあたり、原子爆弾の犠牲になられた方々の御霊(みたま)の平安をお祈りし、広島市とともに、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に力を尽くしていくことを宣言します。

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長崎からのよびかけ

1945年8月9日、一発の原爆が、国際文化の街ー長崎を地獄に変えました。熱線と爆風と放射線は7万余のいのちを奪い、かろうじて生きのびた人々に、62年を経てもなお消えることのない深い傷を刻みつけました。

長崎と広島の惨劇は被爆者の苦しみは教えています。人類は核兵器と決して共存できないとー。長崎出身の防衛大臣の原爆投下は「しょうがない」発言は、この事実に目を閉ざし、核使用の容認につながるものでした。大臣を辞任に追い込んだのは、被爆者をはじめ被爆者国民の核兵器の使用はもちろんその存在も許さない強い思いです。

核兵器廃絶を求める被爆者の叫びは、いま圧倒的多数の政府をふくむ世界の声とあんっています。2010年の核不拡散条約(NPT)再検討会議にむけ、草の根の運動、市民社会と政府の連帯した力で、核兵器廃絶の「明確な約束」の実行をせまっていく決意が高まっています。

「テロと核拡散」を口実に、核をふくむ先制攻撃戦略を推進しているアメリカは、イラク戦争の泥沼化によって、国内外の厳しい非難にされされ、孤立を深めています。日本では、参議院選挙で安倍政権に厳しい審判が下り、”アメリカとともに戦争する国づくり”をめざす九条改憲のくわだてに、大きな打撃をあたえました。

いまこそ、「核兵器をなくせ!」「非核・平和の日本を!」「憲法九条をまもれ!」の声をひろげ、国民的な行動を力強く発展させるときです。私たちは被爆地・長崎からよびかけます。

○2010年のNPT再検討会議にむけ、核兵器廃絶の世論と行動を大きくひろげましょう。国連と諸国政府に核兵器全面禁止条約の協議開始を求めましょう。

○国連総会、NPT再検討会議準備委員会を節目に、「すみやかな核兵器の廃絶のために」署名を大きくひろげましょう。6・9行動や地域・職場・学園での日常的はとりくみを強めましょう。

○核兵器廃絶と「非核三原則」の厳守を政府に宣言させる「非核日本宣言」運動を、9月議会を皮切りに各地域でひろげましょう。

○「憲法九条をまもれ!」 の国民的な行動と共同をさらに発展させましょう。

○沖縄をはじめ全国の米軍基地再編・強化反対のたたかい、横須賀の原子力空母母港化反対のたたかいをひろげましょう。イラクやインド洋から自衛隊を撤退させましょう。

○原爆症認定集団訴訟の全面解決と認定と認定制度の抜本的改善を強く求めましょう。

○エジプト(10月)など世界各地で原爆展にとりくみましょう。被爆者とともに、その体験や願いを受け継ぎ、次の世代と世界に伝える活動をいっそう強めましょう。

「核兵器のない平和で公正な世界」の実現は可能です。力をあわせ、いまこそ行動に立ち上がりましょう。

ノーモア・ナガサキ!

ノーモア・ヒロシマ!

ノーモア・ヒバクシャ!

原水爆禁止2007年世界大会・長崎

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2007年8月 8日 (水)

平和への誓い

子ども代表、広島市立観音西小学校6年、森展哉くん、同東浄小学校6年、山崎菜緒さん

2007.8.6

私たちは、62年前の8月6日、ヒロシマで起きたことを忘れません。あの日、街は真っ赤な火の海となり、何もかもが焼かれてなくなりました。川は死者で埋まり、生き残った人たちは涙もでないほど、心と体をきずつけられました。

あの日、ヒロシマは、怒りや悲しみのとても恐ろしい街でした。これが原子爆弾です。これが戦争です。これが本当にあったことなのです。

しかし原子爆弾によっても失われなかったものがあります。

それは生きる希望です。

祖父母たちは、廃墟の中、心と体がぼろぼろになっても、どんなに苦しくつらい時でも、生きる希望を持ち続けました。焼け野原になった街をつくり直してきました。そして、今、広島は、自然も豊でたくさんの人々が行き交う、笑顔あふれるとても平和な街となりました。

平和な世界をつくるためには、「憎しみ」や「悲しみ」の連鎖を、自分のところで断ち切る強さと優しさが必要です。文化や歴史の違いを超えて、お互いを認め合い、相手の気持ちや考えを「知ること」が大切です。

途切れそうな命を必死でつないできた祖父母たちがいたから、今の私たちがいます。原子爆弾や戦争の恐ろしい事実や悲しい体験を一人でも多くの人たちに「伝えること」は、私たちの使命です。私たちは、あの日苦しんでいた人たちを助けることはできませんが、未来の人たちを助けることはできるのです。

私たちは、ヒロシマを「遠い昔の話」にはしません。「戦争をやめよう、核兵器を捨てよう」と訴え続けていきます。

そして、世界中の人々の心を「平和の灯火(ともしび)」でつなぐことを誓います。

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平和宣言

平和記念式典、広島市長、秋葉忠利氏の平和宣言 2007.8.6

運命の夏、8時15分。朝なぎを破るB29の爆音。青空に開く「落下傘」。そして閃光、轟音。静寂。阿鼻叫喚(あびきょうかん)。

落下傘を見た少女たちの眼(まなこ)は焼かれ、顔はただれ、助けを求める人々の皮膚は爪(つめ)から垂れ下がり、髪は天をつき、衣服は原形をとどめぬほどでした。

爆風によりつぶされた家の下敷きになり焼け死んだ人、目の玉や内蔵まで飛び出し、息絶えた人。かろうじて生きながらえた人々も死者をうらやむほどの「地獄」でした。

14万人もの方々が年内に亡くなり、死をまぬがれた人々もその後、白血病、甲状腺癌などさまざまな疾病におそわれ、いまなお苦しんでいます。

それだけではありません。ケロイドをうとまれ、仕事や結婚で差別され、深い心の傷はなおのこと理解されず、悩み苦しみ、生きる意味を問う日々が続きました。

しかし、そのなかから生まれたメッセージは、現在も人類の行く手を照らす一筋の光です。「こんな思いは他の誰にもさせてはならぬ」と、忘れてしまいたい体験を語り続け、三度目の核兵器使用を防いだ被爆者の功績を未来永劫(えいごう)忘れてはなりません。

こうした被爆者の努力にもかかわれず、核即応態勢はそのままに膨大な量の核兵器が備蓄・配備され、核拡散も加速するなど、人類はいまなお滅亡の危機にひんしています。時代に遅れた少数の指導者たちが、いまだに、力の支配をほうずる20世紀前半の世界観にしがみつき、地球規模の民主主義を否定するだけでなく、被爆の実相や被爆者のメッセージに背を向けているからです。

しかし21世紀は、市民の力で問題を解決できる時代です。かつての植民地は独立し、民主的な政治が世界に定着しました。さらに人類は、歴史からの教訓をくんで、非戦闘員への攻撃や非人道的兵器の使用を禁ずる国際ルールを築き、国連を国産紛争解決の手段として育ててきました。そしていまや市民とともに歩み、悲しみや痛みを共有してきた都市が立ち上がり、人類の英知をもとに、市民の声で国際政治を動かそうとしています。

世界の1898都市が加盟する平和市長会議は、「戦争で最大の被害を受けるのは都市だ」という事実をもとに、2020年までの核兵器廃絶を目指して積極的に活動しています。

わがヒロシマは、全米101都市での原爆展開催や世界の大学での「広島・長崎講座」普及など被爆体験を世界と共有するための努力を続けています。アメリカの市長たちは「都市を攻撃目標にするな」プロジェクトの先頭に立ち、チェコの市長たちはミサイル防衛に反対しています。ゲルニカ市長は国際政治への倫理の再登場を呼びかけ、イーベル市長は平和市長会議の国際事務局を提供し、ベルギーの市長たちが資金を集めるなど、世界中の市長たちが市民とともに先導的なとりくみを展開しています。ことし10月には、地球人口の過半数を擁する自治体組織「都市・自治体連合」総会で、私たちは人類の意思として核兵器廃絶を呼びかけます。

唯一の被爆国である日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相を被爆者の哲学を学び、それを世界に広める責任があります。同時に、国際法により核兵器廃絶のため誠実に努力する義務を負う日本国政府は、世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守(じゅんしゅ)し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり「ノー」をいうべきです。

また、「黒い雨降雨地域」や海外の被爆者も含め、平均年齢が74歳を超えた被爆者の実態に即した温かい援護策の充実を求めます。

被爆62周年の今日、私たちは原爆犠牲者、そして核兵器廃絶の道半ばで凶弾に倒れた伊藤前長崎市長みたまに心からの哀悼の誠をささげ、核兵器のない地球を未来の世代に残すために行動することをここに誓います。

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2007年8月 7日 (火)

広島アピール

原水爆禁止2007年世界大会・広島 

ちちをかえせ/ははをかえせ

としよりをかえせ/こどもをかえせ

わたしをかえせ/わたしにつながるにんげんをかえせ

にんげんの/にんげんのよのあるかぎり

くずれぬへいわを/へいわをかえせ

(峠三吉『原爆詩集』より)

1945年8月6日午前8時15分。アメリカが投下した1発の原爆は広島の街を壊滅させ、数ヶ月のうちに10数万人の命を奪いました。かろうじて生きのびた被爆者たちは62年の歳月を経たいまもなお、からだ、くらし、こころの深い傷に苦しめられています。「再び被爆者をつくるな」「核兵器をなくせ」ー被爆者のこの叫びはいま世界の声となり、圧倒的多数の政府もその実現を求めています。

被爆国であり、戦争放棄の憲法をもつ日本は、”核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず”の「非核三原則」を厳守し、核兵器廃絶のために国際政治の場でイニシアチブを発揮すべきです。

あいつぐ核武装発言や、「原爆投下はしょうがない」という発言に、被爆者をはじめ国民の大きな怒りがわきおこり、防衛大臣を辞任に追いこみました。また安倍政権は、過去の侵略戦争の正当化と憲法九条の改悪をねらい、在日米軍基地を再編強化し、アメリカとともに「戦争をする国づくり」へとつきすすんでいます。しかし、国民は、参議院選挙できびしい審判を下し、こうした動きに大きな打撃をあたえました。

いまこそ運動をさらに力強く前進させるときです。「核兵器のない平和で公正な世界」「憲法九条が輝く非核・平和の日本」を求め、草の根の行動と共同をさらにひろげましょう。

2010年のNPT(核不拡散条約)再検討会議に向けて、核兵器廃絶の運動がさらに高まろうとしています。国連とすべての加盟国政府、とりわけ核保有国にその実行をせまり、国連総会で核兵器全面禁止条約の協議開始を決議するよう強く求めましょう。

10月の国連総会、来春のNPT再検討会議準備委員会に向け、「すみやかな核兵器の廃絶のために」署名を全国の地域・職場・学園でいっそう強め、世界にひろげましょう。

日本政府が核兵器の廃絶と「非核三原則」の厳守を世界に宣言することを求める「非核日本宣言」運動を、9月の地方議会を皮切りに全国で一挙にひろげましょう。

世界の宝・憲法九条を守りぬく国民的な行動と共同をさらに強めましょう。アメリカの先制攻撃・核使用の政策と一体となった米軍基地の再編・強化に反対し、沖縄、岩国、横須賀など住民ぐるみのたたかいに連帯し、支援しましょう。イラクやインド洋に派遣されている自衛隊の撤退を求めましょう。

原爆症認定集団訴訟の勝利と認定行政の抜本的改善の実現へ、国民的な支援をひろげましょう。被爆体験を聞き取り、受けつぎ、伝えていく活動、原爆展や原爆パネルの普及、映画や演劇、音楽など文化活動にとりくみましょう。被爆の惨禍を伝える原爆遺跡を保存しましょう。

核兵器も戦争もない平和で公正な世界をめざして、私たちは前進します。

被爆者とともに、未来をになう若い世代と経験豊かな世代が腕を組んで!

ノーモア・ヒロシマ!

ノーモア・ナガサキ!

ノーモア・ヒバクシャ!

ノーモア・ウォー!

2007年8月6日 原水爆禁止2007年世界大会・広島

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