(1)
今年の新聞やテレビ各社の新春特集の中で、どこでも目立ったのは「環境問題」でした。北極海の氷の面積が観測史上最小になってしまっていることを示す写真。科学者の予想より40年以上も早いペースだといいます。ヒマラヤでも氷河が年々縮小し、その解けた水がたまって出来る氷河湖はその数も面積もどんどん大きくなってなっています。こうした世界各地で起こっている変化が地球温暖化の影響であることに「疑いの余地はない」を世界の科学者は言い、緊急の対策を訴えています。しかし、昨年インドネシア・バリ島で開かれた国連の温暖化対策国際会議では、CO2など温室効果ガス排出削減の数値目標で合意は得られませんでした。人類にとって緊急に必要なことでいつもその足を引っぱっているのがアメリカ(注筆者、USAのこと)です。C02最大排出国のアメリカ(注筆者・同)。今回はそれに追随した日本、カナダ。核兵器廃絶に抵抗しているアメリカ(注筆者・同)。消極的な日本政府。同じ構図です。何とかしなければなりません。今年も世界の仲間と連帯して彼等を孤立させるために頑張りましょう。(花井)
(2)
あけましておめでとうございます 世話人代表 花井 透、松尾洋一郎 世話人一同
「今年の目標」松本 俊二(千葉市)
今年は「年間アベレージ100を切る」との目標を立てて初打ちをしましたが、102でした。「全てのラウンドで100を切る」を目標にしていたら、初級おたった1球でゲームセットになる所でした。後は精進、努力しなければ・・・。
まだできっこない「断酒宣言」はしませんが、スコアメイクと身体のためにも「飲んでも飲まれずの節酒」をもう一つの目標としました。
2006年の元日から書き出した日記が3年目に入りました。これまではいつも直ぐに白紙状態になっていたのですが、今回は「5年日記」を使用しています。書くスペースがメモ程度と狭いことと、昨年のを読みながら書けるのが続いた秘訣です。「ボケ予防」を兼ねて翌日書いていて、時々思い出せないのが夕食の献立。いかに無意識で食べているかが分かります。
今話題の地球温暖化阻止、京都議定書の目標は全人類がやる気になって努力すれば達成できるのでしょうが、もう一つの「核兵器廃絶」、こりのはその立場の人が「宣言」をして、「一斉にパッとなくす」しか達成できないのでしょうか?
<川柳>
小川雅俊(佐倉市)
・防衛屋 夫婦揃って かじり虫
・三つ星は カメラ設置も 選考に
無精(市川市)
・かの地では 氷の中にも 放射能
・逃げ惑う 街の空には 火焔あり
・透き徹る水 青空に 感謝あり
前島 明(浦安市)
・検査値を 見ては悲しき メタボかな
・上り坂 下り坂他 まさかあり
(晋ちゃんまんじゅう)
・饅頭の 賞味期限で 捨てられる
・鬼は外 福は内にも 鬼は居る
・福田守 小さな沢で 用を足し
(3)
縄文の時代を見直す 高橋 稔(船橋市)
人々は野山を駆け回っては動物を捕まえ、木の実や魚を捕まえたりして食料を得ていた縄文時代のつらい毎日の生活。それに比べて弥生の時代には、人々は村を作って定着し、目の前いは稲穂が豊かに実った水田が広がり、家々のかまどから立ちのぼる夕げの煙などののんびりとした豊かな生活を送れるようになった。私は子どもの頃に本で見た登呂遺跡の復元図がまさに私の頭の中に焼きついた弥生時代の生活スタイルであった。
しかし、この十数年の間に私の考えが間違えていたことを根底から思い知らされるであった。それは、青森県から縄文時代の三内丸山遺跡の発掘、さらに佐賀県から弥生時代の吉野ヶ里遺跡の発掘と研究成果が次々と報告されてきたからでるある。
三内丸山では今から約5500年前に、500~600人の住民が集落を作り、約1500年間もの長い間定着し、そこで生活をしていた。中央には広場があり、家にはその広場を中心に作られ、村のはずれには食物を備蓄する倉庫が作られていた。村の反対側のはずれには墓がつくられ、みんなが平等にその墓に埋葬されていた。ただ、子どもの墓は住居の近くに作られていた。親が子どもを慈しんでいた姿がみえる。また、食料は狩猟だけではなく、畑に栗や豆を育て、その実を収穫することもしていた。人を殺す道具などはなく、戦争も争いもなく、身分の差もなく平等にゆったりと、自然を大切にする生活をしていたのである。越後地方で見つかるあの豪華な火焔土器を作り出した縄文の感性は平和なゆとりある時代でないと出来なかったと思う。
一方、吉野ヶ里の遺跡は今から約2300年前の弥生時代であるが、村の周りを二重の環濠が取り巻き、見張り台がつくられ、人を殺す武器も見つかり戦争が日常の緊迫した生活ぶりであった。村の中にも、内側と外側の二重に区域され、身分の高い人が内側に住んでいる。平和なイメージのあった弥生時代は、水田確保のため、土地の開墾、自然破壊をしては、水の利権を廻っての争いが、さらに大陸との交易の利権争いをふくめて、戦争の時代だったとの報告が多い。現代の私たちがめざす社会は、環境破壊から自然を守り、石油などの利権争いのための戦争をやめ、平和でゆっくりとした格差のない社会をつくることだと思う。まさに、縄文の時代をもう一度見直し、縄文に見習うことが本当に多いと思う。
<俳句>
花井 透
・廻りくる オリオン 枯るるべくは枯れ
・ガラス拭き 妻と内外 年暮るる
・篝火に 手をかざしゆく 初詣
・抗えず 爺と呼ばるる 二日かな
・礒料理 水仙添へて ありにけり
(4)
NO核兵器 LOVE平和憲法 20周年を迎えて新たな決意
第18回医師・医学者のつどい 開催
昨年9月23日、24日、「第18回核戦争に反対し、核兵器の廃絶を求める医師・医学者のつどい」が、”NO核兵器 LOVE平和憲法~20周年に新たな決意”をメインテーマに京都市・立命館大学(23日)と京都産業会館(24日)で開催され、全国から335名(当会からは松尾代表世話人)が参加しました。
初日は山上紘志実行委員長の開会挨拶の後、原和人常任世話人が基調報告を行い「核戦争の惨禍を体験し戦争放棄の憲法を持つ日本政府は、交際政治の場で核兵器廃絶のイニシアチブを発揮し、『非核三原則』を厳格に実行することが強く期待されている」と述べ反核医師の会の活動の重要性を強調しました。
特別講演は、片岡勝子JPPNW事務総長・広島大学名誉教授が「JPPNWの活動」を題して講演。80年に IPPNWが発足して以降を概観しながら、日本支部では、原爆被爆の実相を世界に伝えること(写真展、被爆者である医師の証言)、原爆被爆の健康への影響の発表、海外被ばく者検診、海外からの研修生の受け入れ、医学生プログラムの支援、北アジア非核兵器地帯の創設に向けた活動など行っていることを報告しました。今後の課題として、北東アジアの非核兵器地帯化へ向け、日韓がアメリカの「核の傘」から抜け出す必要性などを訴えました。
その後の記念講演は「核はなくせる I CAN、YOU CAN、WE ALL CAN」と題して、ティルマン・アルフレッド・ラフIPPNWオーストラリア代表が行いました。「世界終末時計は7分前から5分前に変更された。世界の超大国となったアメリカの最近10年間の動き(CTBT、京都議定書、生物兵器禁止条約、地雷禁止条約からの脱退)を見ると非常に危険である。同盟国であるオーストラリア、日本が『我々は核兵器の脅威によって守られたくない』をいうことをアメリカに対して強く主張することが必要である」と述べました。そして過去の輝かしい成功例(生物兵器・化学兵器・対人地雷の禁止)に学び、核を禁止する条約を早急に作らなければならない。ICAN(International Campaign to Abolish Nuclear Weapons 核を完全に廃絶するための幅広い宣伝や教育のためのキャンペーン)の活動の大きなうねりを起こして行きたいと訴えました。
2日目は、市民公開シンポジウムが「東アジアの非核、安全保障と日本国憲法」をテーマに行われ、日本がアジアの平和構築のために努力すべきことは、アメリカ一辺倒ではなく、アジア近隣国との信頼を築き、北東アジア非核化地帯へ向け平和、反核のイニシアチブを発揮することが重要との意見が出されました。
つどいの最後に「北東アジアの非核地帯化を求める京都宣言」「医師・医学者は核兵器廃絶の先頭に立とう」アピールを採択して閉会しました。
次回は2008年11月22日、23日に石川県で開催されます。
(5)(6)
原爆症認定基準見直し案 検討会と与党プロジェクトチームが報告書提出
2007年12月17日、原爆症の認定基準を見直すための厚生労働省の検討会(金沢一郎座長・日本学術会議会長)は報告書をまとめ厚生労働省に提出しました。
検討会は原因確率を維持
報告書の骨子は、①初期放射線の被曝線量推定方式はDS86に代わり、DS02を導入、②原因確率は維持、③原因確率50%以上の被爆者は審査を省き認定する、④原因確率が10%以上50%未満の場合は信用に足る本人の供述、10%以下の場合は、急性症状など本人供述のほか第三者の証言があれば総合的判断の対象とする、⑤入市被爆者の被曝線量について入市経路・滞在時間を基に計算する というものです。
被爆者切り捨てを追認 と被団協は批判
同日、この報告書について日本被団協は記者会見で抗議声明を発表しました。この中で、司法判断を真っ向から否定し、被爆者切り捨ての行政を追認したもので絶対に容認できないとして、問題点を①原因確率を基礎とする現行の「審査の方針」の枠組みを容認している、②個々の被爆者の残留放射線をはかるのは困難であり、内部被曝は一切考慮されていない。考慮するとした急性症状については62年たっての立証は不可能、③審査の方針の廃止と分科会の抜本的改革を求めてきた政治の動向と国民世論とに衝突する、とあげて批判しました。
自動認定制を導入 与党プロジェクトチーム
一方与党プロジェクトチーム(PT)(河村建夫座長・自民党衆議院議員)は2007年12月19日見直し案をまとめました。この案では「原因確率」は「現実救済につながっていない」として使用せず自動認定する範囲として①爆心地から3.5km以内で直接被爆、②原爆投下後100時間以内に爆心地付近(約2km以内)に入市、③原爆投下後100時間経過後爆心地付近に1週間程度滞在のいずれかに該当する被爆者が特定の病気(がん、白血病、白内障、腹甲状腺機能亢進症、心筋梗塞)を発症した場合をあげました。また、このパターンに当てはまらない人についても個別審査する中で原因確率を使えば救済できる場合もあるとして、「使用も排除しない」と余地を残しました。
被団協はこれについて、「私たちの要求が真摯に受け止められたと評価する」と歓迎しました。
今後国が厚労省案と与党PT案のどちらを採用するのか政治決断をすることになります。
千葉地裁 原爆症認定集団訴訟 第1次分 4月結審が確定
2007年12月25日、千葉地方裁判所において原爆症認定集団訴訟第1次分(4名)第20回、第2次分(3名)7回、第3次分(1名)第1回の口頭弁論が行われました。
次回4月8日で終結
第1次分については、原告側がすでに最終準備書面を提出していたにもかかわらず、被告側が、病院が新に提出してきた原告のカルテの検証を要求すると裁判所側に申し立てたため、裁判長は被告側の最終準備書面の提出期限を2月末と指定し、原告側にも追加があれば3月末までに提出するように求め、原告側もこれを了承しました。この結果、裁判長は次回を4月8日に開き終結すると宣言しました。2003年5月に始まったこの裁判は5年経過後の夏には判決が出される見通しとなりました。
第3次分も放射線に起因
続いて昨年9月に提訴した第3次分の飯田進さん(81)については、弁護団より意見陳述が行われ、8月8日の夜、救援のため佐倉連隊の一員として広島市入りし残留放射線を浴び、急性症状を発症。後年、がんや被爆者特有の病気で苦しんでいる状況が説明され、病気は原爆に起因しているとして認定却下の取り消しを求めると述べました。この日も傍聴席を大幅に上回る支援者が駆けつけ、公正な判断を求める千葉地裁あての署名1145筆が新に提出され、累計5万1469筆をなりました。
県内9自治体が意見書採択
閉廷後開催された支援集会では、12月中旬に原爆症認定基準の見直し検討委員会まとめた最終報告について意見が出され「被爆者切り捨て行政を追認するもの」「『原因確率』は一つの考慮要素にすぎないと過去6回の判決が指摘しているのにまだ固執している」と支援者から批判が相次ぎました。
被爆者団体からは、原爆症認定制度改善についての国会議員賛同署名が県内では過半数に達したこと、また12月議会までに千葉県、印西・勝浦・市川・山武・野田・浦安・習志野・松戸各市で意見書が採択されたと報告があり、勝利判決をめざして運動すること、被爆者の分身となる支援者を一層増やしていくことなどを確認しました。
署名の御礼とお願い
昨年お願いした「原爆症認定制度の抜本改定を求める署名」は1月8日現在、全国で37万2千筆が集約されています。当会でも15名の会員から228筆ご協力いただきました。ありがとうございます。お手元にまだお持ちの方は至急お送りください。お願いします。
【反核情報】
米原潜 48回も寄港
昨年、米原子力潜水艦の日本への寄港が12隻48回に上り、昨年より2回増えていることが寄港地を抱える自治体の集計で明らかになりました。沖縄・ホワイトビーチへの寄港が24回、横須賀13回、佐世保11回となっています。2006年は、横須賀に寄港した原潜の出港時に放射性物質が検出され大問題になりました。今年は太平洋重視から原子力空母ジョージ・ワシントンの横須賀配備を狙っています。
最近のコメント