前立腺がん検診ガイドライン・ダイジェスト版
編集:日本泌尿器科学会
協力:日本放射線腫瘍学会、日本腎泌尿器疾患予防医学研究会、前立腺癌研究財団
金原出版株式会社 ヨリ ※前立腺がん検診の普及のためこれを転載します。(*注)内は筆者の補足です。
前立腺がん検診の推奨度の要旨
日本泌尿器科学会は、前立腺がんの本邦における現状と将来予測、検診の受診による利益と不利益を広く住民に啓発した上で、受診希望者に対して最適な前立腺がん検診システムを提供し、50歳以上の男性のPSA(前立腺特異抗原*注)検診(採血で*注)を推奨します。
- 日本のPSAスクリーニングの普及率は低く、発見される前立腺がんの約30%は主に骨へ転移した状態で発見されます。また、将来予測では、前立腺がん罹患数は、2020年には、肺がんや大腸がんと並んで最も頻度の高い男性がんになり、2020年の前立腺がんによる推定死亡率は、2000年の前立腺がん死亡率に対して2.8倍になります。
- 米国では、50歳以上の男性の75%は少なくとも1回はPSA検診を受診し、1992年以降、前立腺がん死亡率は低下し続けています。その、死亡率減少効果は、PSA検診の普及と、それに続く適切な治療によるものと考えられます。
- 米国の最新の地域相関研究では、PSAスクリーニングの普及によって、遠隔転移を有する前立腺がんの罹患率が低下しました。転移がんの減少は、その後の前立腺がん死亡率低下に結びつくと予測されます。
- 前立腺がん検診の有効性に関する無作為化比較対照試験(RCT)については、大規模な研究が米国とヨーロッパで進行中ですが、スウェーデンでの中間解析によると、PSA検診群では、早期がんと比較し明らかに予後の悪い進行がん罹患数が、非検診群に比べて、10年間で49%減少しました。
- オーストリアのチロル研究の最新の分析結果では、検診対象住民の86%が少なくとも1回は検診を受診した結果、転移がんの罹患率は70%も低下し、2005年の前立腺がん死亡率は予測値と比較して54%も低下しました。
- 米国癌学会、米国泌尿器科学会はPSA検診を推奨する立場をとっています。最も検診の導入に慎重な姿勢をとている米国予防医療専門委員会(USPSTF)でさえも、医療者と住民の間で適切は情報共有を行い、その後に受診に関しては自己判断(シェアード・インフォームド・ディシジョンメイキング)すべきであるという見解です。
- 受診者の個々人の価値観や人生観は多様化しています。「無作為化比較対照試験で死亡率の減少効果がはっきりしないのならば検診は受けない」と考える人は検診の対象になりませんが、「世界的に評価の高いチロル研究で死亡率減少効果が証明されたのなら検診を受けたい」、「転移がんの危険が明らかに低くなるのであれば検診を受けたい」と考える人は本検診の対象となりますので、住民検診における受診機会を維持し、質の高い検診を提供すべきと考えています。
前立腺がんの疫学
現在の日本の前立腺がん罹患率は、男性がんの6番目ですが、2020年には2番目になると予測されています。また、現在の日本の前立腺がんの死亡率は、男性がんの7番目ですが、2020年には2000年の2.8倍になると予測されています。前立腺がんの危険因子としては、人種、食生活、加齢、遺伝的要因が重要です。
前立腺がん検診の概要
検診対象年齢は50歳以上が推奨されていますが、前立腺がんの家族歴がある場合、40歳あるいは45歳からの検診受診が推奨されます。
PSA検査の精度は、直腸診や経直腸的超音波検査と比べて明らかに高く、基準値としては4.0ng/ml、あるいは年齢階層別PSA基準(50歳~64歳は3.0ng/ml、65歳~69歳では3.5ng/ml、70歳以上は4.0ng/ml)が推奨されます。また、PSA値に影響を与える薬剤があるので注意が必要です。(*注、発毛剤などの一部に女性ホルモン剤あり、これはPSA値を下げ、前立腺がんをマスクする。)
前立腺がん住民検診の全国集計結果では109,902人を対象とした調査で、前立腺がん発見率は1.48%でした。
検診発見がんと外来発見がんの比較
日本において、PSAが導入される前には、外来で発見されるがんの約50%は転移がんでしたが、PSAが導入されたあとの検診発見がんでは、転移がんの占める割合は11%に減少しました。
スエェーデンの無作為化比較対照試験(RCT)では、住民を検診群と非検診群に割り付けて、10年間の観察中の進行がん(転移がんとPSA値が100ng/ml以上のがん)の数を比較したところ、検診群では、10年間で進行がんに罹患する危険率は49%減少しました。
前立腺がん検診の死亡率減少効果の評価
オーストリアのチロル地方の研究で、1988年よりPSA検査と直腸診による検診を開始し、1993年より45~75歳の住民に対し無料でPSA検診を開始したところ、対象住民の86.6%が少なくとも1回以上のPSA検診を受け、2005年の前立腺がん死亡率は予測値と比較して54%低下しました。また、積極的なPSA検診を行っていないチロル地方以外のオーストリア国内の前立腺がん死亡率に比べても有意に低くなりました。
米国のがん登録データでは、50歳以上の男性の75%は少なくとも1回はPSA検診を受診し、1992年以降、前立腺がん死亡率は低下し続け、2005年の死亡率は1990年と比べ31%も低下しました。その死亡率減少効果は、PSA検診の普及と、それに続く適切な治療によるものと考えられています。
前立腺がんの精密検査の方法・精度・合併症
PSA検診等でがんが疑われる場合、確定診断のためには経直腸的超音波ガイド下の6~12ヶ所の前立腺生検が必要になります。
2004年から2006年の前立腺生検に関する実態調査では、212,065件の生検に対して、出血性合併症(尿道出血、血尿、血便、血精液症)は14.7%に見られましたが、治療を要したものは0.8%以下でした。38℃以上の発熱は1.1%に、敗血症は0.07%に発生していました。排尿困難やその他の排尿に関する症状は2%に発生しましたが、治療を要したものは0.8%でした。
前立腺がん治療の現状
- 手術療法 前立腺および精嚢を一塊として摘出し、膀胱と尿道とを吻合する根治的前立腺摘出術が標準術式であり、一般的に閉鎖リンパ節の郭清術を同時に施行します。到達経路としたは恥骨後式が最も一般的ですが、経会陰式や腹腔鏡による根治的前立腺摘除術も施設によっては施行されています。
- 放射線療法 前立腺に放射線を照射し、がんの根治をめざす治療が放射線治療です。放射線療法の種類は、外照射および小線源を用いた組織内照射に大別されます。外照射療法には通常のリニアック、3次元原体照射、強度変調放射線治療(IMRT)、粒子線治療があり、組織内照射にはヨウ素125密封小線源永久挿入療法とイリジウム192による高線量率組織内照射療法があります。
- 内分泌療法 前立腺がんの増殖・進展は、男性ホルモンに依存していることから、この男性ホルモンを抑制し、がんの増殖をおさえるのが内分泌療法です。わが国においては、進行前立腺がんのみならず早期の前立腺がんに対しても半数近くの症例が内分泌療法を初期治療として施行されています。内分泌療法による進行がんに対する疾患コントロールは、治療開始後数年間は良好です。早期がんは、さらに長期にわたってコントロールされることが最近の臨床研究にて示されています。しかし、内分泌療法は根治療法ではありませんので、内分泌療法には抵抗性となって、病勢の悪化をきたすことがあります。
- 無治療経過観察 がんの性質がおとなしいと予測される方を対象とする治療法で、PSAを定期的に測定し、PSAの増加速度が速くなった場合には根治的な治療を開始します。これまでの報告では、治療開始を先延ばしすることによる危険性はそれほど高くないのですが、一部のがんは診断時の予測より速く病勢が進行することが報告されていますので、経過観察中にはPSAの定期的な測定以外に、定期的に生検を行うことも勧められます。
- 治療法の選択 以上のように、前立腺がんの治療法は多数有り、泌尿器科医は患者さんの状況に応じて選択可能な治療法について提示し、充分な相談の後に治療法を選択していただくことになります。しかし、実際のがんの広がりについては、画像検査のみでは正確な把握が難しいことも多く、そのような状況の中で治療法を選択しなくてはいけないという問題点もあります。最近は、治療前により正確な病気の進行を知り、適切な治療を選ぶための方法として、画像診断だけでなく、治療前のPSA値、病理組織所見などを組み合わせて、病気の状態をより正確に把握し、また治療法別に再発率などが予測できるようになってきています。
検診を受診することによる利益・不利益と受診しないことによる利益・不利益
PSA検診を受診することの利益は、転移がんに罹患する危険率が下がることです。また、死亡率の低下については、米国と欧州でのRCTの結果は、まだ出ていませんが、現時点で最も信頼性の高い研究では、検診の導入により前立腺がん死亡率が低下するとの結果が出ています。
PSA検診を受診することによる不利益は、過剰診断・過剰治療(治療の必要のないがんが、診断あるいは治療されること)です。不利益として、がんの正確診断のために行われる生検の合併症がありますが、重篤なものはきわめて少ないことがわかっています。また、前立腺がんが疑われれ前立腺生検を行った場合、20~50%にがんが診断される一方で、50~80%はがんが診断されませんので、結果的に不必要な生検を受ける方がいることも検診の不利益です。
PSA検診を受診しないことの主な利益は、不必要な精密検査、過剰診断、過剰治療がさけられることです。一方で、検診を受診しないことによる主な不利益は、早期がんの発見がきわめて困難になり、進行がんで発見される危険が高くなり、その場合の生命予後は明らかに悪くなることです。
前立腺がん検診受診前・受診後のファクトシート
住民検診や人間ドック検診を実施する際には、ファクトシートを用いて、段階的な前立腺がん・前立腺がん検診に関する最新かつ正確な情報提供を行うことが大切です。
日本泌尿器科学会が推奨するファクトシートは、一次検診受診前のファクトシートとして、前立腺がんに関する基本的な情報、検診受診からがん確定までの診断手順、前立腺がん検診の利点、欠点、不明確な点を解説します。また、一次検診受診後のファクトシートでは、PSA基準値を超える場合のがん診断の可能性、PSA基準値以下の場合のがんが見逃される可能性と将来のがん罹患危険率、前立腺生検の方法、精度、欠点、有害事象、がんが診断された場合に、適切な治療方針を決定するために必要な臨床検査、過剰診断の危険性、手術療法、放射線療法、内分泌療法、無治療経過観察の概略とそれぞれの治療の合併症に関する情報提供を行います。
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